大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1529号 判決 1960年9月21日

控訴人(原告) 佐野加寿男

被控訴人(被告) 東京高等裁判所・最高裁判所

原審 東京地方昭和三〇年(行)第一〇七号(例集九巻六号120参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  由

控訴人代理人は、原判決をとりけす、被控訴人東京高等裁判所が控訴人にたいして昭和二十七年十二月二十七日なした懲戒戒告処分および被控訴人最高裁判所が控訴人にたいし昭和三十年六月二十五日なしたみぎ戒告処分を承認する旨の判定はいずれもこれをとりけす、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。

当事者双方の事実上ならびに法律上の主張、証拠の提出、援用、認否は原判決の事実らんにしるすところを引用するほかつぎのとおりつけ加える。

(控訴人の主張)

(一)  裁判所職員の休暇に関する規定は労働基準法第三九条の年次有給休暇制度の特別規定である。すなわち最高裁規程第一〇号裁判所職員の休暇に関する規程ならびに人事院規則一五―六は労働基準法第三九条の実体規定をうけて若干の技術的な定義規定ならびに手続規定を定めたものである。したがつてみぎ裁判所職員の休暇に関する規程第一項にある「事務に支障ある場合」というのは労働基準法第三九条第三項にいわゆる「事業の正常な運営を妨げる場合」と同様に具体的、客観的な事務上の支障(公務員の場合はなおそれにもとずく公衆の不便もふくまれる)に限定して解釈すべきであつて、原判決理由にいうような「他の職員に悪影響を与え、ひいては裁判所全体の秩序ある運営をそこなう場合」というがごとき抽象的かつ公衆の便益となんらの直接的関係をもたないことにまで範囲を拡大することは許されないものといわねばならない。

また前記人事院規則一五―六第二項に「休暇はあらかじめその機関の長の承認を経なければ与えられない」旨を定めているのは労働基準法第三九条の特別規定としてとくに「承認」を必要としているものと解せられるからこの承認の性質については同法条の趣旨によつて解釈されねばならない。労働基準法第三九条の年次有給休暇の権利は労働者の請求によつて一方的にみとめられる形成権であつて、かりに国家公務員の場合に何程かの特殊性があるとしても依然みぎ労働基準法の精神は貫ぬかるべきであり、少くとも請求をうけた当局側において事務に支障ない限りこれを承認すべき義務があると考えるのが正しい。しかも本件ではみぎ事務上の支障の存在は何らの証明がないのであるからこの点において不承認の違法があることあきらかである。

(二)  前記人事院規則一五―六によれば、休暇はあらかじめ承認を求めるのが原則であるが、病気、災害その他やむを得ない事故によりあらかじめ承認を得ることができなかつた場合には事後の承認申請を認めている。ところで控訴人の本件休暇申請はハンスト参加のためでハンストは全司法と最高裁事務総局との交渉を円滑するためでその交渉が行づまつている間は継続されるけれども交渉が進展すれば即時打切らるべきものであつた。すなわちハンストの期間は不確定であらかじめ一日とか二日間とか期間を定めたものではない。したがつて本件の場合控訴人に一定期間又は期日の有給休暇の申請をあらかじめ要求することは不可能をしうることであるから本件の場合は前記規定にいう「あらかじめ承認を得ることができなかつた場合」に相当する。よつて控訴人にたいし事前に休暇承認の申請をしなかつたことの責任を問うことはできない筋合である。

(三)  東京高等裁判所職員の昭和二十六年、同二十七年ころにおける休暇承認申請手続の慣行は当時使用されていた請認簿(甲第八号証)によるとみぎ両年度を通じ事前申請の例は全休暇承認件数のわずか十九パーセントにすぎず、その圧倒的大部分が事後かまたは当日の申請にかかるものである。この傾向はとくに昭和二十七年度において顕著であり、同年に限つて計算すると事前申請は全体の十六パーセント強、事後申請は四十二パーセント強、当日申請は四十パーセント強である。事後承認は休暇後三日内に申請することになつており、その範囲内で手続がなされておれば特に事後承認の已むを得ない事由の有無は当局は調査したこともなければ注意を与えたこともない。

休暇承認の申請は数日分あるいは十日分もまとめて人事課長を経て事務局長の承認を得ることになる。したがつて同局長のところに請認簿のまわる時には請認簿に記載せられてある事項の大部分は事前に承認申請がなされていたとしてもすでに事後になつてしまつている関係にある。

両年度を通じて本件のほか休暇申請不承認の例は一件もなくしたがつて職員は休暇承認の申請をすれば承認されるものと考えるのが通例である。

休暇承認申請手続に違背があつたとしても昭和二十七年七月十六日の控訴人の欠勤はたかだか無届欠勤であるにすぎない。たつた一日の無届欠勤が論ぜられて職員に責任を問うた例はない。

しかるに原判決が本件の場合にだけ事後申請の承認が「職員の服務に関する諸規則の遵守を期し得ない結果になる」と判示したのは不当であり、被控訴人において控訴人の正当な組合活動にたいする差別待遇の意思あることがあきらかといわねばならない。

(四)  前記のとおり被控訴人が控訴人の休暇申請を承認しなかつたこと自体が違法である。したがつてみぎ違法な不承認を前提としてなされた本件職場復帰命令もまた違法である。それゆえ論理の順序としてまず休暇申請不承認の正否を決してしかる後職場復帰命令の判断をなすべきであるのに原判決が「控訴人は高裁長官の職務復帰命令の伝達を受けたのであるから休暇の承認が得られないことを知り得たのにかかわらずみぎ命令を無視して職場を離れた」ことを違法としかかる場合に控訴人の休暇申請を事後承認することは「右規程にいう事務に支障がある場合に該当する」と判示したのはあきらかに判断の順序を誤つたもので不当である。

(証拠関係省略)

理由

当裁判所は控訴人の請求はいずれもこれを棄却すべきものと判断するものであつてその理由はつぎのとおり補正するほか原判決の理由にしるすところを引用する。

一、昭和二十五年六月二十二日最高裁規程第一〇号裁判所職員の休暇に関する規程第一項には「裁判所は事務に支障がないと認めるときは一司法年度に二〇日以内の休暇を与えることができる」旨定めている。したがつて裁判所はもし事務に支障があると認めた場合は当該裁判所職員のみぎ規定にもとずく休暇の申請を承認しないことができるこというまでもない。しかしてみぎにいう「事務に支障がある場合」とは単純に当該裁判所職員が裁判所において課せられている日常の事務の遂行に支障を生じる場合を意味するのであつて原審の判示するように「休暇申請に承認を与えることにより他の職員に悪影響を与えひいては裁判所全体の秩序ある運営をそこなう場合」にまで拡張して解することは相当でない。この点に関する原審の判断(原判決十五枚目裏第二行ないし同十六枚目裏第二行は当審の採用しないところである。

けれども「事務に支障がある場合」を前記のとおり解するとして、具体的に裁判所職員から年次休暇の申請があつた場合、これに承認を与えることが事務に支障があるかどうかは一応裁判所当局の自由な裁量に任せられているところといわざるを得ない。本件において、昭和二十七年七月十五日、同月十六日控訴人が年次休暇の申請をしたのにたいし東京高裁事務局長においていずれもこれを承認しなかつたことは原審の認定するところであり、みぎは同事務局長において控訴人のみぎ申請を承認し休暇を与えることが当日の裁判所の事務に支障あるものと認めたからであることはあきらかであるから控訴人においてみぎ局長の休暇申請不承認が著しく条理に反し不当なことを立証しないかぎり不承認を違法とすることはできない。

成立に争ない甲第四号証(本件審査請求事件における証人星野喜一の供述調書)によると、当時控訴人の勤務していた東京高裁民事第一部には控訴人のほかに高橋という雇がおり、通常一人が休んだ場合は他の一人が代つて仕事をするから事件の処理に困難を感じなかつた旨の供述記載があるけれども二人の雇のうち一名は他の補充あるいは冗員として勤務しているのでないことはいうまでもなく、当該所属部の雇の仕事がたまたま閑である時でも他の部局の事務のためみぎ雇を転用する場合も生ずるのであるからみぎ供述記載をもつて本件控訴人の休暇申請のさいあきらかに事務の支障がなかつたとする確実な証拠となしがたく、他に本件不承認を著しく不当とする事実を認めるにたる証拠はない。

そうすれば本件休暇の不承認をもつて違法とすることはできず、したがつてまた休暇の承認を受けないにかかわらず欠勤した控訴人にたいし東京高裁長官が復帰命令を発したことは適法な措置といわざるを得ない(昭和二十四年八月八日裁判所職員の服務について最高裁事務総長の依命通達参照)。

二、控訴人は前記(一)の主張の中で「控訴人の休暇申請の権利は一方的にみとめられる形成権であり、被控訴人において事務支障の存在の証明がないかぎり申請にたいする不承認は違法である」と主張するけれども裁判所職員の休暇に関する規程の趣旨を前記のとおり解すべきものとする以上みぎ控訴人の主張は理由ないことがすでにあきらかである。

三、控訴人は前記(二)において、本件休暇の承認申請は全司法と最高裁事務総局との交渉の行づまりを打開するためハンスト参加の目的でなされたもので休暇期間はあらかじめ予測できないから本件の場合は人事院規則一五―六にいう「その他むを得ない事故によりあらかじめ休暇の承認を得ることができない場合」にあたると主張するけれども、原審認定のとおり本件ハンストは昭和二十七年七月初旬行われた全司法戦術会議であらかじめ決定されたところにもとずき控訴人がこれを実行することとなつたもので控訴人は前もつて休暇申請の手続をするための十分な日時を有していたものであり、たとえみぎハンスト継続の日数が確定的に予測できなかつたとしても控訴人としては一応の日数を定めて休暇承認申請の手続をするのが相当であり、みぎの理由をもつて前記人事院規則にいう「あらかじめ承認を得ることができない場合」にあたるとなすことはとうていできないところである。控訴人のみぎ主張も理由がない。

四、控訴人の前記(三)の主張について案ずるに、成立に争ない甲第八号証、乙第二十一号証によると昭和二十六年および昭和二十七年中東京高裁において裁判所職員が事後において年次休暇承認の申請をしそれが承認せられている例が控訴人主張のとおり多数存すること、また同職員の申請が数件一括し申請の日より数日遅れて高裁事務局長のもとに届けられる例が見られるけれども、これをもつて人事院規則一五―六の「休暇はあらかじめその機関の長の承認を経なければ与えられない」とする原則が変更せられたものとなしがたく、ただ休暇の規定に反し遅れてなされた承認申請も事後において承認を受け得た結果手続上のかしが治癒せられ違法の責任が免ぜられるものと解すべきであろう。

もつとも「病気災害その他やむを得ない場合」でなくてもみぎのように一般に休暇承認の事後申請がなされ承認を受ける事例があるからには控訴人もまた本件七月十五日の休暇申請について事後承認を得られるものと信じ同日午前の勤務開始時刻からハンスト参加のため出勤しなかつたもので、したがつて当初の間はあえて承認を得ずして欠勤する故意はなかつたかもしれない。しかし原審認定のとおり、同月十五日午後二時ころ東京高裁長官は控訴人にたいし職場復帰命令を発しみぎ命令は即時ハンスト続行中の控訴人に伝えられたのであるからその後は控訴人は自己の休暇申請について承認のないことを察知できたものといわなければならず、その後の同日の欠勤および翌同月十六日の欠勤は控訴人が故意で所属裁判所の承認をうけず欠勤した責任を免れないものというべきである。

控訴人の本件欠勤の行為は国家公務員法第八二条第二号の職務上の義務に違反し、職務を怠つた場合にあたるもので、そのことだけで同法条の戒告処分に付することも決して著しく不当となすことはできない。

以上のとおりで控訴人の本件懲戒の対象たる行為は控訴人主張のように「たつた一日の無届欠勤」となすわけにはいかないから、一日の無届欠勤で処罰をうけた例がないからといつて本件をもつて従来の慣行例に反する処分とはなしがたい。また本件処分は控訴人が休暇に関する裁判所ならびに人事院の規定に違反し欠勤したことに因るもので控訴人がハンストに従事したことに影響されたものでないこと前記認定によりあきらかであるから本件処分をもつて控訴人の正当な組合活動にたいする差別待遇であるとなすのはあたらない。控訴人の(三)の主張もすべて理由ないところである。

五、控訴人は前記(四)において本件休暇申請の不承認が違法であるからしたがつて高裁長官の本件職場復帰命令も違法であると主張するけれども、前記一で判示したとおりみぎ休暇の申請にたいし承認を与えなかつたことを目して違法となすことはできない。したがつて休暇を与えられないで欠勤しハンスト行為をしている控訴人にたいし発せられた職場復帰命令は適法で、これに従わずに欠勤を継続した控訴人の行為を公務員たる義務を怠つたものとする原審の判断は相当で、これになんら論理の矛盾はない。控訴人のみぎ(四)の主張も採用に由ないところである。

すなわち原判決はけつきよく正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

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